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学部時代の振り返り(2)

画像はとある日の学校への道のり。霧が異様に濃い日が稀にある。ある日霧の中から猫くらいの大きさの丸まっこい何かがのっしのっしと歩いてきて、当然のように自分の横を歩いていき、猫でも犬でもないそれに疑問に思いながら後で調べ返したらネズミだった。

二回生

ここから読み始めるのもいいけど、なんら良いことは無いので、前回から読むと良いよ。

アメリカ到着(2021/8~)

大学生になって二年目、アメリカの地に足を踏み入れました。緊張と飛行機嫌いで一睡もできないまま、目がギンギンの状態で彷徨っていたのを覚えています。
空港は毎回サンフランシスコ国際空港(SFO)を利用していました。関空から直行便があったので、飛行機嫌いには嬉しい。
空港からはバスとか電車で行く方法が一応あるにはあるのですが、かなり時間かかるのと日本ほど安心して乗れるものではないので、大人しくUberタクシーでDavisに行っていました(確か二時間ほど)。

とはいっても、Uberも当たり外れがあります。このときのドライバーは最初は高速を走りながら見かけた街のことを色々教えてくれていましたが、後半は畑と果樹園とかしか見れなくなって話題が尽き、明らかにウトウトして一瞬道が逸れた時は終わったと思いました。(すぐに起きて本人もヒヤヒヤしたのかこの後は最後まで眠くなっている様子はなかった)
なんとか昼過ぎくらいに現地につきハウスメイトと合流し生活拠点を整えて二回生の始まりに備えました。

銀行口座作ったり、携帯契約したりするとスムーズに学校生活始められるので一ヶ月くらい早めに行くことができれば楽だと思います。銀行口座は場所によっては生徒なら学生証とパスポートのみで作ってくれるところがありますが、携帯は個人番号(アメリカの日本で言うマイナンバー的なヤツ)無ければ難しかった気がするので、一緒に契約してくれる友達探すと良いです。一緒に契約するとお得なので、アメリカではそんなに珍しいことじゃないと思います。

初めての現地通学

初日はバスに乗ってキャンパスに向かったのを覚えています。
住んでいたのが学生向けのアパートだったので、そこから学校まで10分くらいで運んでくれるバスがありました。学校が運営しているものなので、学生証見せれば無料だったと思います。(歩くほうが好きだったので両手で数えるくらいしか乗ったことが無くて曖昧)
初日は、とにかく人で溢れていましたが、まだコロナに対して警戒心があった時期だったのでマスクはほぼ全員していました。
学内の施設もワクチンを打ったりしないと発行されないQRコードが無かったら入れないようになっているものがありました。

初めての対面授業

何もかも初めてだったので、どうすればわからず、座って固まっていました。取った授業の中の一つで隣の人から話しかけられ一緒にお昼食べました。この時に、結構気軽に話しかけても良いことに気づいて、その後からは最初の授業が始まる前に隣の人に話しかけてみるのは何回かやっていました。

体感、前の方がちゃんとしている生徒が座っている確率は高かったです。反対に後ろの方に座ってる人は次第に授業に来なくなる確率が高い気がします。

突然の焦燥

知り合いが増えてきた中でまず驚いたのが、自分との経歴が違いすぎたことです。周りは授業でやっている内容は知っていて当然(最低でも聞いたことはある)くらいのレベルで、この人は何を学びに大学来たんだ…って思うことがかなりありました。後に気づいたことですが、凄い人は大学に「学び」に来るより「研究」しに大学に来ています。授業もあくまで必要だから取っているわけで基本的に全部知っていることが多いです。怖い。

話を聞けば聞くほど、自分が今まで何もやってこなかったことに気付かされ、いたたまれない気持ちになり、ようやく本格的に焦り始めました。
ここから怒涛の日々で、とりあえず目に写ったことを片っ端からやってみるようになりました。

TAになる

なにかやらなければ、と焦り始めた自分がまずやったのがTAでした。
理由としては、偶然募集を見かけたことと、授業内容が初学者とProcessingを使うことだったのと、先生と生徒両方にコネクションが作れるかもしれないと思ったからです。 Processingでゲームを作ったことがあったので、そのことをメールに書いて教授に送ったら無事通ってTAになれました。
始めたのはいいものの、やることがほぼ生徒の宿題の手助けで正直思っていたより暇だったのと人と関わることが無く微妙な結果でした。

Googleの学生向けコミュニティ(GDSC)に入る

凄い人の一人から聞いたことがきっかけで知ったコミュニティでした。大学ごとにコミュニティがあるらしく、生徒同士協力してなにか作ったり、学んだことを共有したりしていました。メンバーになるには簡単な経歴のチェックと面接がありますが、なんか受かりました。面接を担当していた生徒が偶然同じ授業を受けていたのでそれで話を弾めたのが上手く行ったのだと思います。

最初の一年はグループで機械学習について学んで、他の生徒を指導するハンズオン体験会みたいなのを企画しました。このとき一緒に取り組んだ人達とはかなり仲良くなってのでやってよかったと思います。
二年目はそれなりに知り合いも増えて、コミュニティを運営する側に加えてもらえました(テクニカルディレクター)。自分が一年目でやっていたようなグループを4つほど抱え、それぞれに週一でミーティングしてアドバイスなどを行っていました。

最後には送別会までしてもらったりと最初から最後まで色々と思い入れのあるコミュニティでした。

ウェブサイトを作ってみる

プログラミング関連は、相対的に見ると、今まで何もやって来なかったことに気づき、とりあえずなにか作ってみようと思いました。
色々探した結果、その当時は、Web系がアツいことを知り、Reactに手を出しました。

今思えば、この時点で詰んでいました。というのも、ReactからWebの分野に入るのは最悪だと思っているからです。

HTML+CSS+JSでの開発をやってみて、その大変さを理解しているからこそReactの良さがわかるわけで、それをやらなかったら、Reactを使う理由がピンとこないのです。
公式チュートリアルである、皆さんご存知の、カウントボタンを作ってみるやつを最初から最後までやってみて「?、だからなんだよ、後当然のように居座ってるnpmってなに」ってなっていました。

このあと色々あって:

  • Reactわからん!
  • ウェブサイトはHTML+CSS+JSが根底にあるんだ、ほーん
    • CSSが言う事聞いてくれないし覚える多くて厳しい
  • なんだこのダサいウェブサイトは!?(自作)
  • JSでアニメーションつけるのクソだりぃ
    • まじで、どのウェブサイトもこれ書いてんの???
  • これReactだと、このコード量でできんの!?
  • Reactチョットワカル

というルートを1年ちょっとかけて渡りました。

結果論だと上手く行ったように見えますが、ここでも、昔もうちょっとやっとけばここまで苦労することは無かったんだよなと定期的に後悔はしています。 まぁでもAIが全く無かった時代なので、完全に折れること無く自力でここまでこれたのは頑張ったほうだと思います。

日本クラブに参加してみる

知り合いを増やそうと思い、とりあえず参加してみました。
せっかくアメリカ来たのに日本語使うのもなと思ったことと、会員制で費用があったので、説明会だけ行ってやめました。
後に聞いた話ですが、ほとんど英語で会話しているらしいので、知り合いを増やす目的で費用払うのに抵抗が無ければ参加してもいいと思います。

焦りが焦りを呼ぶ負のループ

上に書いたのは自分がやったなかでも印象に残ったもので、細かく書くともっと色々なことに、とりあえず片っ端から挑戦していました。

上記でもあったように上手く行ったのはちらほらありましたが、成果というのはすぐにでないもので、焦りのみが眼前にあって不安が積み重なる毎日でした。
昔からもっとプログラミングとかやっておけばよかったと思った回数は数知れません。

不安を抱えたまま三回生へ

一回生のときは見えもしなかった不安が認知はできるようになった二回生編でした。一応成長はしてますね。
あと、ちゃっかりSwitchは持ってきていまして、なんならスマブラクラブにも入っていました。ちゃんと集まったりすることは無く、毎週大会やったり、何人か家に呼んでひたすら黙々とスマブラをやるという感じの緩いクラブで誰でも参加可能だったので何回か大会行ったり、知り合い呼んで遊んだりと楽しいときもありました。

今回はここまでです。伸びしろに悩み続けたままの自分が三回生ではどうなるのか、次回、三回生編でお会いしましょう。前回同様、もし他に気になる話があればお気軽にコメントに書いてください。それではまた。

おまけ: 印象に残った授業

一回生の時は基礎of基礎の話ばかりだったので、大事ではありましたが、大学でしか味わえないものなのかと問われるとそういうわけでもないため、書くほどの話が無かったのですが、二回生からの授業は印象が残る授業ばかりでした。その中でも特に良かった授業の話をしようと思います。
なお、授業の質は教授にかなり依存しているので、同じ授業を取っても自分が受けたものと同じものを受けられるとは限らない点はあしからず。

コンピュータ・アーキテクチャの授業 (授業コード: ECS50)

一回生の時に、C言語のポインターを学んでいる時にずっとふわふわしていたアイデアが一気に固まった伏線回収のような授業でした。
自分の書いたコードがパソコン内部では、そうやって解釈されているんだとずっと感動していました。
特に、アセンブリを自分の手で書く課題は、パソコンの内部を直接操作しているみたいで面白かったです。

当時はAIのAの字もなかったので、コーディング課題は直接答えを見る以外にズルのしようがなかったのですが、上記の課題はC言語をコンパイルする時にやろうと思えば生成できるものなので、人が書いたアセンブリと自動生成のアセンブリは見分けつくしズルだからちゃんと自分で書けよ的な注意書きがあったのが妙に印象に残っています。

ビデオゲームの授業 (授業コード: CTS172)

選択科目で取ったユニークな授業の一つです。ゲームの歴史を辿ると共にメタ的な視点からゲームを理解しようという芸術よりの授業でした。
課題ではゲームをクリアして攻略法を書いたり、RTAをやって録画したり、メタ的な視点からゲームを遊んで調査レポートを書いたりと学期通してストレス無く楽しめた授業でした。

当時は楽だしゲーム遊べるし取ってみようと思って取った授業で、いまいち話している内容もピンとこないものばかりでしたが、社会人になって芸術というものにちゃんと触れるようになり、メタ的な視点を考え始めてからは、その時に学んだことの重さに気づけるような深い授業でした。

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