画像は学部時代にデスクトップPCとしてずっと使っていたNUCというPC。調子乗ってメモリを64GB積んだ。今は自宅サーバーとして活用したいと考えながら文鎮として活躍。
自分は高校卒業までを日本で過ごして、大学はカリフォルニア大学デービス校(以下: UC Davis)でコンピュータ科学(以下: CS)を専攻し、卒業しました。
大学を出る前と出た後では自分で認識できるくらい人間性も知識量も良い方向に大きく変わったと思っています。
卒業してから全体をまとめて振り返ったことがないので、今回ニートになったことを機に改めて思い出してみようと書いてみました。
自分にとっては今後の動き方を見つめ直すことが主な目的ではありますが、もし読んでいる人の中で何かしら新しいことが得られたら嬉しいです。
前提
かなり大雑把に言うと、大学時代の経験は色々ひっくるめて自分の中では成功体験として掲げているのですが、こういう手の成功した話って他人のを読む時に毎回、「元からある程度賢いし、成功してない…?」って思い悲しみのブラウザバックをすることが多々ある(現在系)のでまず大学に入る前の自分のステータスから振り返ってみたいと思います。
英語力
- 子どもの頃に一年アメリカに住んでいたことと、中学、高校が英語で授業を行うところだったので、普通のコミュニケーションを取れる水準はあった。
- あと高校時代が海外の大学に送り出す準備をガチガチにやるプログラムだったので、英語で小論文書くことはある程度慣れていた。これは、大学入ってからも通用していたので、強かったと思う。
- 文法はボロボロだったけど、構成はキレイに書くことができた。
専門の知識
- 当時の自分は一般人より知識はあると思い込んでいるカス驕りマンでしたが、今振り返るとものすごくあっっっっさいレベルだったと思います。
- プログラミングは何回か挑戦したことがあり、Javaをガキの頃にやって訳わからず挫折し、大学入る前の暇な期間にPython3の基本的な構文は大体書けるくらいまで勉強していました。
- Javaをやっては挫折してPythonをやっては飽きていたので、基本的なfor文、if文の概念以外の知識は皆無
- 言わずもがな、プログラムでまともなプロジェクトを作ったことが無い
- ただ、機械とかが決定的に動くから好きというのをモチベにCS専攻を目指しました。
これでCS専攻として受かったの普通に奇跡すぎる
- 当時の自分は一般人より知識はあると思い込んでいるカス驕りマンでしたが、今振り返るとものすごくあっっっっさいレベルだったと思います。
はい。
本当にCS専攻行く学生の姿か、これ。ポジティブな話をしておくと、こういう経験があるので「わからない」という立場にものすごく共感ができるため、後々役には立ちます。
入学準備(2020/5頃)
結構バタバタしていたのと、面白くない書類関係のことばかりだったので、あまり鮮明には覚えていませんが、コロナのせいでリモートにするかどうかの判断がずっと学校側からくだされず寮の申請がなかなかできずにルームメイトを探していた記憶があります。Facebookに正規の学生しか入れないグループがあったので、そこで探していました。こういう情報はそこらに転がっているわけじゃないので、Redditを使うのが安定でした。「学校名 + 調べたいこと」で調べればその学校のsubredditを見つけることができるので、そこから更に情報を絞り込んだりしていました。
ワクチンは日本で義務じゃないものが入学に必須だったりするので、追加で3発くらい打たれる覚悟をしておくといいです。また、場合によっては医者に頼んで準備して貰う必要があったりして時間を要することが多々あるので、必要なワクチンリストみたいなものが届いたら打つ準備を始めたほうが良いです。友達の中にはトラベルクリニックみたいなところにいって、一日で必要なやつ全部打ったやつもいた。痛そう。
様々な努力虚しく、6月あたりに正式にオンラインになることが決まり、一回生は日本で過ごすことが確定しました。学校を楽しみにしていたものの環境が急に変わることには慣れていなかったので、嬉しさ半分悲しさ半分というところでした。
留学生特別プログラム
一回生は通常秋学期の9月からスタートなので、夏の授業は受けれるようにはなっていません。しかし、海外から来る生徒の特権として、一回生の時に夏の授業が受けれるプログラムが有りました。 このときは確か必修の数学と英語をとっていた気がします。
序盤かつ、オンラインだったので、滞り無く終えたので、結構調子に乗っていたと思います。
一回生(2020/9~)
ついに本格的に授業が始まります。全部オンラインだったので、取れるだけ取ろうと、5個くらい授業を取っていたと思います。参考までに、自分が通ったような四学期制の大学は一学期につき3,4個の授業を取るのが安定ムーブって言われていました。
朝起きて、課題があればやっておき、録画されている授業があれば見ておいて、それ以外の時間はひたすらスマブラをやり、授業があれば出て、寝る。という生活がほとんど締めていました。誰かから学んだわけでも無いのに、こういう終わりみたいな生活に自然と行き着くの、人間の凄さを実感します。スマブラはやりすぎて全キャラVIPにすることができました。
試験とかはZoomでカメラで手元を映しながらやることが多かったです。これ自体はなんともないのですが、問題は時間帯で深夜の2時とか3時に受ける必要があったんですよ。それまで起きて勉強するか、一時間前まで寝て準備しておくか。今考えてみれば普通に時間差gapだなこれ。ただ、教授の立場からしても色々初めてだったと思うので、しょうがない面もある。
厳しい授業で小テストを毎週朝4時あたりにやる授業がありました。しかもこれまた教授がかなり厳しい数学の授業だったので、難易度はかなり高めでした。ちょっと記憶は怪しいけど、半分取れたら上位くらいの難しさだったと思います。そのため、決まった曜日は必ず朝3時に起きて小テストに向けて準備していました。何かの訓練かよ。
周回遅れという現実と初めての顔合わせ
世の中というのは本当によくできていて、どこかで帳尻が合うようになっています。授業でいい成績を出せば良いとだけ思っていたので、とりあえず試験の対策だけ頑張って終わったら忘れるというのを一回生の最後までやっていました。いつの間に大学を卒業することが大学に行く目的として自然と形成されていた気がします。
一回生最後の学期にデータ構造の授業がありました。ソートとかのアルゴリズムとデータをどう保存するかの構造を学ぶ授業でしたが、終始とにかく苦戦をしていました。何をやっているのかがひたすら理解できず、授業のDiscordサーバーで色んな人に質問しまくっていました。TAでもないのに、何故かめちゃくちゃ詳しくてちゃんと答えれる学生が多くて感心していました。なぜ同じ授業を受けているのか疑問に思いましたが、課題を終わらせるためにとにかく必死で余裕がありませんでした。
この授業は、なにか物凄く大きい見落としをしているのではないかと違和感を持ち始めたきっかけでもありました。良くはわからなかったものの、教授の話が面白かったり、パソコンについて学んでいる感じはあり楽しくはあったり、とりあえず難しかったので、その違和感にあまり向き合わず/向き合えず、静かに積もる負債から目を背け進んでいました。
二回生へ
そんな不安を片隅に追いやりぐうたらしていて、気づけば一回生の夏休みに突入。夏授業は取りつつ、最初に一緒に寮に入ろうと話していた人達とシェアハウスをすることになり、場所も決め、いよいよアメリカに出発することになりました。
現状まるで何も得ていないこの状況からどう改善するのか、そもそも改善はされるのか、そういう懸念は山盛りのまま放置し(認知しているかも怪しいまま)アメリカという地に踏み入るまでが一回生編の終わりです。
最初は何を書きたいのかハッキリさせるためにヘッダーを先に書いていたのですが、想像の3,4倍くらい書くことがあったので、分割することになりました。厳しい。
ここまで書いて思ったのですが、うっすいな、一回生。書くことがまるでなにもない。本当に授業やってスマブラやって寝たことしか記憶にない。実は上から順に書いているのではなくて思いついたものから追加したり書いたりと並列的に書き進めているのですが、7割型二三回生の筆ばっかり進んでいます。このときの経験も後々になれば役立ったと割り切ってはいるものの、このときもうちょっとやっていれば…と後悔することももちろんあります。後悔することを否定したいのではなくて、早めにやっておくことでしなくていい後悔が存在するのならば、それは、避けてもいいとは思います。
とりあえず、今回はここまでで、続きもそのうち出します。そのうち。書くことが無いとは書きましたが、無いと言うよりかは思い出せないというのが近いので、もし他に気になる話があればお気軽にコメントに書いてください。返信したり追記するので。
それではまた。